本論文では、泉鏡花の「歌行燈」の叙述の戦略を突き止めるために、本作品で用いられた映画的技法について分析してみた。作品の中に登場する主な情景描写に対する分析を通して、映画的技法がどのように用いられているかを考察することで、時代に先駆けた試みを垣間見ることができた。
この作品では、湊屋とうどん屋というそれぞれ異なる空間でそれぞれ進まれるストーリが「回想」という手法を借りて構築されていくが、情景転換という映画的装置を通じてお互いにつながれ、収束へと向かうことになる。喜多八とお三重の「回想」のシーンによってお互いに接点を確保することになり、作品はクライマックスに向かって進むが、このような過程で作者は「カメラアングル」という技法を意図的に取り入れたと思われる。映画的表現技法を取り入れた情景転換の手法を通して、それぞれの話が関連性を持つストーリーにつながっていき、作品に対する没入感は深化していく。
特に本論文では「クロスカッティング」という映画の編集技法を通じて「歌行燈」の作品世界に対する分析を試みた。また、サイレント映画の時代の特徴といえる弁士の話術とされる個所が散見される点も、「歌行燈」の創作に映画的技法が反映された証拠と言える。
鏡花はこのような様々な映画的技法を小説の中に取り入れた、先駆的作家の一人だと評価することができ、「歌行燈」は、そのような鏡花の創作世界を代表する作品としての地位を持つ。