この論文では学術用語として概念規定が不安定な「説話」というジャンルの性格について既存の研究方法論を検討しつつ<伝承性>と<虚構性>に対する理解を深め、様々なジャンルの中で多様な表現様式によって生まれたテキストを分析するための研究上の視座を構成しようとした。本論で提示した3つの研究方法上の方法を貫いているのは、当代の風俗世態に関する出来事を記録し文芸として表現する伝承行為において、先行の「汎人間的興味と普遍性の話題」すなわち<こと>をどのように再認識し<伝承の想像力>をどのように活性化して「問題的自画像」を形成させたのかを探求することである。生成する物語が表現の層位(可能性)をどのように獲得していったかを把握することに主眼を置き、先行文芸に対する再認識/再解釈行為という営為から、同時代の出来事/思考に基づいて作られた一つの物語を一つの言説的実践と見なして分析する必要がある。このような観点から具体的な事例として『明女情比』と『色道大鏡』に収録された’雲井’の心中事件に対する叙述がどのような情報を採択し物語化していったかを素描した。また『諸艶大鑑』巻7之4「反古尋て思ひの中宿」を例に挙げ、当時の遊郭遊びについての知識情報と『竹取物語』や『伊勢物語』などいわゆる雅文脈』の中で洗練されてきた<伝承の想像力>とが遊郭文化を批評するのにどのように機能していたかを明らかにした。話の生成過程を一端を究明することにより、そもそもこの話の備えていた魅力を浮き彫りにした。