本稿は、津島佑子の『ヤマネコ・ドーム』に見られる記憶と忘却のメカニズムに注目し、本作の物語における戦略と表現の美学について考察したものである。あるハーフの少女の死にまつわる主人公たちのトラウマを物語化している本作で、登場人物の繰り返される回想と物語世界における幻想は読者を事件の真相に近づけようとするが、最後までミキの死の瞬間だけは封印されている。ミキの死をめぐるテキスト内の忘却が起きたのは、結局、ミキの死亡事件によって周囲から疑われてきたター坊と主人公たちをトラウマから守るための装置と見受けられ、その物語の空白は他者を救援するための実践的な行動と、新しい記憶の語りで埋め尽くされている。