本稿は安部公房の砂の女を「男」の持つ定着に対した欲望と幻想を中心に再読したものである。「昆虫採集」と「留水装置」の開発はテキストの前半と後半で「男」の自己実現の手段として登場している。本稿ではこの「昆虫採集」と「留水装置」の開発を他人と社会の接点として定着と安住を図るための行為と見なした。よって「昆虫採集」を考察した第1章では「男」が所属していた日常社会と砂丘はまったく同質の空間であり、砂丘での昆虫採集は日常社会で叶わなかった自己実現手段として定着の欲望を表していることが分かった。「留水装置」の開発を考察した第2章では「砂」は苦難と試練の隠喩であり、「男」にとっての苦難は他人と社会に意味のある接点を持てなかったことが分かった。また、「男」が開発した「留水装置」は「女」の死の前で何の役にも立たない無力の象徴であった。「男」は「留水装置」が自救策であることに気づき無力さを感じつつ、脱出を留保していることが分かった。第3章では「男」が他者と繋がりたがっている定着の欲望を「家」を通じて表していたことが分かった。「家」に対しては安部の他の作品である赤い繭を一緒に参照した。結果、「家」を通じて表していた定着や定着の欲望は幻想に過ぎないということが分かった。