日本政府は2022年12月に国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の3つの安全保障関連戦略文書(戦略3文書)を閣議決定した。岸田文雄首相が2023年1月の通常国会での施政方針演説で「日本の安全保障政策の大転換」と述べたように、今回の戦略3文書は日本の防衛力を5年以内に抜本的に強化し、防衛関係費を国内総生産(GDP)の2パーセントに達する予算措置を講じ、長射程の「反撃能力」の導入を決定したことなど、日本の戦後史に類例を見ない分水嶺となった。日本政府の見解では、戦略3文書に示された考え方は「憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではない」ことが強調され、戦後の防衛政策の基本理念の延長線上にあるとする。しかし、戦略3文書発表後の日本の安全保障政策は、以下に論じるいくつかの点において、こうした基本的な構図からの脱却の試みと捉えることができる。第一に、日本の防衛力が作用する地理的な空間の拡大である。第二に、相手の領域において反撃を加える「反撃能力」を導入したことである。第三は、日米同盟における、所謂「盾と矛」の関係を変化させたことである。本稿では日本の戦後の安全保障·防衛政策を振り返り、分水嶺としての転換点の変遷を辿りながら、戦略3文書の位置付けを明らかにする。次いで、戦略3文書に通底する戦略が「拒否戦略」を通じた「競争戦略」にあることを論じ、現代の日本の安全保障·防衛戦略の構想を分析する。